IT社長 海外でハワイで脳出血(脳素中・脳梗塞)福岡在住脳梗塞患者 再生医療 (サイトカインカクテル法)+ リハビリ病院入院の効果[ハワイ脳梗塞患者サイト]

家族でハワイに移住したが、1年後に脳出血で倒れてしまった。結果、左片麻痺になり移動は車椅子に頼ることに。今、日本(福岡)に戻ってきています。まだ、左片麻痺中です。現在、再生医療「サイトカインカクテル法」をしながらリハビリ入院して、退院したところ。
家族でハワイに移住したが、1年後に脳出血で倒れてしまった。結果、左片麻痺になり移動は車椅子に頼ることに。今、日本(福岡)に戻ってきています。まだ、左片麻痺中です。現在、再生医療「サイトカインカクテル法」をしながらリハビリ入院して、退院したところ。

 

<脳卒中・脳出血・脳梗塞とは?>

 

くも膜下出血、脳内出血(脳溢血)、脳梗塞の3者を総称して「脳卒中」と言います。これは文字通り、「突然発症」することが大きな特徴・原則です。現在脳ドッグなどの予防的医療の発達により無症状なものが発見されることはありますが、それは決して全てがそうなのではありません。だから救急車で搬送される患者さんも多くいるということになるのです。

 

脳卒中とは、急性期脳血管障害のことを指し、突然脳の血管が詰まったり、破れたりして引き起こされる病気の総称です。脳の血管が詰まって血が通わなくなり、脳の一部が死んでしまうものを脳梗塞といいます。脳の血管が破れて出血するもののうち、脳の内部にある血管から出血して脳が壊されるものを脳出血(脳内出血)、脳の表面にある血管(動脈瘤)から出血して脳表が血液で覆われてしまう疾患をくも膜下出血といいます。

 

脳卒中は以前よりは減ってきましたが、いまだ日本における死因の第4位であり、国民病の一つと言えます。血圧管理が良好となるにつれて脳出血の患者さんが減少し、高齢化や食生活の欧米化が進むにつれて、脳梗塞の患者さんが増えてきました。

 

「医療法人社団曙会 流山中央病院 脳神経外科」より

 


ハワイで脳出血(脳卒中・脳梗塞)[ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

<自己紹介>

覚田義明(男性・既婚・子供13歳・58歳)福岡市愛宕在住

 

福岡で起業したのは25年前。自宅で始めた会社は、マーケティングの会社で、がむしゃらに働いているうちにスタッフやお客様に恵まれ、気づけば売上34億円以上、スタッフも140人になった。東京と福岡、海外にも拠点ができて、僕がいなくてもまわりだけで回るようになった。私はまた新しい道を模索し始めた。海外に住んで自分のやってきたマーケティングを活かして海外でのビジネスを研究したい。日本人観光客へのビジネスをしているハワイなら、と、家族と秘書と共に移住した。「移住&仕事」で、遊ぶためではなく家族で、グーロバル化と、いうイメージだった。

 

ハワイでは、海の見える高台のプール付の家に住んでみて、最高だった。ハワイに世界中から人が集まる理由がよくわかった。「素晴らしい気候と自然と人」と、素晴らしい場所だ。

息子も現地の学校に通いサッカーチームに入ってなじんでいた。僕はいろんな人に会ってインタビューをして、1年でハワイのよさや逆にもっとこうだといいのに、というものが見えてきた。

ハワイでも対日本へのビジネスでの相談が増え、コンサルの受注ができた。ハワイの雑誌にも掲載され、ラジオも出て、私も役立つことができそうだった。

 

いよいよ、ハワイに全く新しいマーケティングの仕掛けができると言う矢先に、なんとハワイの自宅で倒れてしまった。脳出血だった。

 

元々、高血圧で血圧が高く、「降圧薬」をもらった。が、「一度飲むと、一生飲まなければならない」という話に飲むことをためらってしまった。結局、脳出血を起こし、そして今、「降圧薬」を毎朝飲んでいる。それなら、最初から飲めばよかった。後悔は続く・・・

 

救急車で運ばれて病院へ。しかもコロナでロックダウンして2週間ほどだったので周りはピリピリしていて、もちろん誰とも面会もできなかった。

私は、英語が全くできないので、ハワイでの入院や転院したリハビリ病院でも大変。意思疎通ができないままひとりベッドにいた。

天国から地獄だった。・・・ こういう時に使うのだろう。


ハワイで倒れて、一般病室に入った頃[ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

ハワイで、倒れて、ICUから一般病室に移った頃。

 

出血箇所は「脳幹」の「橋」と、呼ばれるところだった。

でも生きていた。

 

あとからわかったがこの部分の出血で「動いている人は少ない」と言われる。死ぬか、寝たきりになるという意味だ。

だけど、僕は生きていた。動けている。

 

ICU:ハワイでは、一泊1万ドルもするらしい。(一泊120万円以上だ。)そしてドクターの費用はまた別に請求される。

最初、妻はドクターとオンラインで話したときに「人工呼吸器」が外せないかもしれないと言われたそうだ。でも、今、無事に、生きている。

 

私は、今、目も見え、聞くことも、話すこともでき、思考もしっかりしていて、記憶があり、食事もできて、セミナーもでき、コンサルもできる。

 

好きなものを食べられる。お酒も飲める。脳出血後、FIRE(ファイヤー)したので、不自由なく、普通の生活ができる。ある意味「自由」だ。

 

本当にラッキーなのだ、ありがたい。

でも・・・病院では、コロナで、家族にも会えず、事情もわからず、大変辛い思いをした。


ハワイのリハビリ病院の最初の食事![ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

私の最大の障害は、嚥下ができないことだった。

最初、水も飲めず、点滴のみで栄養をとっていた。

その後、「胃ろう」になって、胃に直接液状の栄養を流し込むことになった。

最初水が飲めなかったので、水分も「胃ろう」から取っていた。

 

その後、練習のため、水にとろみをつけて、小さいスプーンの半分の水を、口から少し飲むようになって、

だんだん、慣れていき、増やしつつ、上記が最初の食事。

常に看護師さんが横につき、長い時間をかけて食べさせてもらっていた。

今では、なんでも食べれるし、水もゴクゴク飲める。

 

それにしても、私は英語ができないので、急性期の入院中やリハビリ施設の入院中、とても辛かった。


ハワイで2軒目の家(アラモアナショッピングセンターの隣)

 

ハワイでの二軒目の家。コンド(マンション)の家の前には、道路があり、公園があり、芝生だ。その先にビーチがあり、その向こうに海がある。最高のロケーションだ。(アラモアナショッピングセンターの隣)

 

コンド:コンドミニアム

 

倒れる前は、その芝生で、家族とピクニックランチをした。楽しかった。


ハワイでの車椅子での生活[ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

急性期の入院で10日、それからリハビリ病院に移って2週間。

あまりにも病院が辛かったので、早々にハワイの自宅に戻ってきた頃。

 

この頃、手がまったく動かず、家の中でも車椅子の生活だった。

 

病院では、ベットに毎日寝ている生活だったが、

自宅では、「このままでは、寝たきりになる。」

ということで、毎日、無理矢理、車椅子に座っていた。

まだ、普通の椅子に座っているのが、怖かった。

 

左手は、全く動いておらず、ぶら下がっているだけ、

寝る時も枕を腕の下に入れて寝ていた。

左手を右手で持っていた。

机の上に左手を置いても、重みでずれてきて落ちてしまう。

 

妻が「いつか治るよ」と言った。

私は「根拠がない」と、悔しいのと、後悔や、意味ない不安、将来の不安など計り知れない恐怖があり、

毎日、泣いていた。

 

その頃の友人とTV会議したら、「禅」の本を読んでみたら? と勧められた。

尊敬する「スティーブ・ジョブス」の禅の本を読んだ。「なぜジョブズは禅の生き方を選んだのか?」という書籍をKindleで読んだ。それで、前向きに考えれるようになった。

 

その本には、

「どんな状況に出会っても、それがきつくても、なんとか受け入れ、その時にできることをやり、できれば楽しむ。そんな自分づくりをすることだ。」

 

「今日が人生最後の日だとして、今日これからやることを本当にやりたいか? もし何日もの間、『ノー』という答えが続いた時は、何かを変えなければならない」

 

そして私は思った。「とにかく今を、精一杯、生きる」「今、できることをする」

 

今では、妻の言う通り、左腕は、少し動き、左手でも物をつかめるようになった。(キーボードは打てないけど)、

どうして、妻は、そんなことをわかっていたのでしょうか。


ハワイの自宅からの窓からの夕焼け[ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

ハワイの自宅から見えていた夕焼け。今、見るととても綺麗だ。

 

でも、脳出血の後、ベランダで外を見た時は、

「この夕焼けだが感動しなかった。」

喜怒哀楽がなくなってしまった。

海に広がる夕焼けを見ても、ただの空と水たまりに見えていた。

 

リハビリのためのお出かけ。ハワイの公園を歩いたり、ビーチの歩道を歩いたりしていた。

うまく歩けないが車椅子を自分で押しながら歩くと進んだ、オリジナルのリハビリ。

 


車椅子でアラモアナショッピングセンター[ハワイ脳梗塞患者サイト]

アラモアナショッピングセンターにて
アラモアナショッピングセンターにて

 

病院から自宅ではケアギバー(ヘルパー)を雇うように言われた。妻がうちにきてケアしてくれる人を探してくれた。最初は外国人になる予定だったが友人の紹介で、日本人のケアギバーを紹介してくれた。彼女は毎日きて身体ケアやリハビリのサポートをしてくれた。素晴らしい人だった。友人には感謝しかない。

 

ケアギバーの彼女は歩けない私を抱えるようにして無理矢理歩かせた。すこしづつ杖にも慣れてきてなんとか歩けるようになってきたので、今度はマンションの隣のアラモアナショッピングセンターを歩かせた。車椅子を歩行器のようにつかんで歩く方法で。疲れたら車椅子に座われる。アラモアナショッピングセンターはトイレもエレベーターもあり、お店があり充実していた。コロナで観光客はいないので車椅子の私が歩くには最適な場所だった。

 

毎日、マンションの中庭を妻と杖で歩いていた。身体が動かなくなるのが心配だった。

すこしづつ歩数を伸ばして必死で歩いた。

最初は、風で、倒れそうになったけど、今はもう、大丈夫。

 


日本に帰ってきた。福岡だ。[ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

ようやく日本に帰ってきた。福岡の大濠公園の近くの自宅だ。

友だちがカッコイイ車椅子を見つけて教えてくれた。

その電動車椅子を借りた。

これで自分の好きなところに人の手を借りなくてもいける。

私は、「自由」を得た。

 

電動車椅子、介護保険で自己負担は毎月2700円。

 

これで、食事に行ったり、スーパーに行ったり、快適に移動できる。リハビリ時は、杖で歩く、外出は、電動車椅子。この組み合わせがいい。

自宅から徒歩5分の大濠公園のスタバに、電動車椅子で出かけてお茶をする。

この頃は、将来の不安もあり、一生懸命、仕事をしていた。

 

ハワイ大学でセミナーをしたり、日本の大学院でセミナーをしたり、友人の会社でセミナーをしたり、コンサルを行なったり、基本ZOOMだが、車椅子で会場でのリアルセミナーも行った。

 

私は、私の全てをつぎ込んだ会社から、完全に引退した。もう私の会社じゃない。

私は必死にお金や投資の勉強をした。FIRE(ファイヤー)としての生活になった。

 


沖縄の青い空の下プールでひと泳ぎ。沖縄でリゾートリハビリ

 

以前のようにどこかに行きたい、と思っていたら友人家族が沖縄行きを計画していて、一緒にいくことになり飛行機に乗って旅行にいった。

以前のように身軽じゃない。でも友人も助けてくれた。

 

別の友人から沖縄で介護施設を営む方を紹介された。彼らは一人でプールに入れない僕を海の見えるプールに連れて行ってくれた。青空の下、最高だった。まだ、お風呂にも入れない僕を海の見えるリゾートプールで泳がせてくれた。介護浴と、いうそうだ。「泳いだというより、浮かんでいて、引っ張られていた。」(笑)

リゾートリハビリ。障害を持つ方が楽しめる旅行を作ったら? ビジネスの発想もでてくる。


再生医療とサイトカインカクテル法[ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

理学療法士(リハビリ)の方と大濠公園を杖で歩く様子。

脳出血からまもなく2年(2022年3月)

リハビリを頑張っているものの、顕著な改善はなく

「再生医療」に取り組むことにした。

 

再生医療には、いくつかの種類があり、

私が調べたのは「幹細胞」方式と、「サイトカインカクテル」方式

両方の話を聞きに行った。

 

<再生医療(幹細胞)>

自分の脂肪をとる(オペが必要)

培養期間が必要(1ヶ月ほど)

金額が、一回300万円ほど。

効果を出すためには、3回程度行う必要がある(金額は全部で600万円から900万円)

皮膚注射、点滴が必要。

改善された人の割合は? 回答なし グラフなし。(怪しい)

 

<再生医療(サイトカインカクテル法)>

人の細胞ではなくタンパク質を使う(オペがいらない)

細胞の培養期間がない。申込んでスグにできる

金額は一回10万円ほど(安い)

効果を出すために10回ほど行う。(金額は全部で80万円から100万円)

点鼻薬方式(鼻の中に霧状を噴射する)

改善を認められる割合は70% グラフあり。

必ずしも病院に行かなくてよい。(完全自宅療養の方もできる)

 

私は、「サイトカインカクテル法」を選んだ。

オペ無しで、安くて、早くて、効果がありそうだと思った。

2週間に1回のペースで10回の点鼻。

 

ただ、この再生医療は、魔法ではなく、「リハビリ」が重要になる。そこで集中して、リハビリをすることにした。

特に、足首が動かないので、「リゲイト」という脳卒中の後遺障害のある方向けに開発された歩行補助の装置があり、この機器を使うのが有効だとわかった。

 

調べたところ、広島県尾道市の因島にある因島医師会病院が

広島大学と共同で研究をしていることがわかった。

そこで病院に連絡をとり、2ヶ月間の入院してのリハビリを

行うことになった。


【ラストスパート】「短期集中リハビリ」 再生医療(サイトカイン)+広島近辺の因島医師会病院にリハビリ入院[ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

この病気は辛い。頑張っても、スグには治らない。

会社を経営しているときには、仕組み化、効率化、スピードアップ化、を行なっていた。

しかし、この病気は、何度も同じことをしなければならない。そこが辛い。時間が必要で、画期的な方法もない。ただ、同じことを何度も繰り返す。近道はない。時間が必要。

 

再生医療が治療中で、その点鼻を、入院先の病院でもする必要があり病院側との調整があって難しそうだったが、受け入れてもらえた。そして、再生医療には、必ず、リハビリが必要で、そこで、リゲイトを知り、そのリハビリをしに、広島の近くの因島医師会病院に2ヶ月の入院。僕は、リゲイトで足を強化するつもりだった。

入院してみると、リゲイトだけでなくリハビリの内容がとても充実していた。

 

<入院前>

リゲイトが、週に一回ほどできる。と、思っていた。

 

<入院中>

リハビリは、

毎日、STのリハビリが1時間あり、測定器で、調べながら舌圧訓練ができる。

毎日、足のリハビリも1時間あり、毎日リゲイトがあり、川平法と両方してくれる。

毎日、手のリハビリが1時間あり、川平法(+低周波)をしてくれる。

 

結局、毎日、3時間のリハビリ、と自習リハビリ。

毎朝、自動の指の伸ばし器で自主練習も2時間していた。(毎日指3000回)

夜練(毎晩、脳梗塞仲間で、800歩、歩いていた)

夜MTG(夜、脳梗塞仲間でテーマを決めて情報交換:TMS・ボトックス・再生医療)

 

行く前の10倍のイメージだ。仲間もできた。

 

このリハビリ病院、もし、コロナがなければ、

リゾート的なリハビリを行うらしく、

海辺のデッキを歩いたり、橋を歩いたりすることもできるらしい・・

また現地で、ラーメンやお寿司食べに行けて、カフェにも行けるらしい・・・・

そうなれば、年に、一回入院してもいいかも・・・ね!


リゾートリハビリ(因島:広島)

 

因島医師会病院の良い所は、自然がたくさんあるところです。

以前は、コロナがない時は、外で食事をしたり、リハビリを

したりと聞きました。

 

そこで、僕たちも特別に許可をもらい外に連れ出してもらい。リハビリをしてもらいました。こんな感じです。


因島のおしゃれなカフェ

 

因島の海辺にあるおしゃれなカフェ。その全景とその前で、写真を

パチリ。


【ラストスパート】「短期集中リハビリ」+リハビリ病院入院の効果[ハワイ脳梗塞患者サイト]

 

家族や友人と行った、いちご狩り

 

【ラストスパート】「短期集中リハビリ」

 

結局私は、脳出血患者として、最後の集中リハビリをおこなった。

再生医療とリハビリ病院の入院した。

 

「短期集中」で、治るのか、入院して、実験中。

今できることは、全て行う。(再生医療とリハビリ病院の入院)

これで、飛躍的に治り、効果があれば、入院もありということだ。

 

あまり効果がなければ、「短期集中」ではなく、「じっくり型」として、地道にリハビリをしていく。


退院後、自宅で「じっくり型」に決定!

 

退院後、「短期集中」では、効果はあるが、ゆっくりと言うことが判明した。そこで、「じっくり型」に気持ちを切り替え、自宅に帰って、人生を楽しむことにした。

 

もちろん、今も、夜練は続けている。

 

脳梗塞患者:覚田義明 2022年5月4日


ダイヤモンドヘッドのUdemy講座イメージ画像

ダイヤモンドヘッド・アカデミー単発動画「Udemy」

 項目別に単体の動画で、1個1500円〜6,000円以上で学べる
ダイヤモンドヘッドのUdemy講座イメージ画像

ダイヤモンドヘッド・アカデミー「経営12講座」動画

経営を体系的に7700頁の絵と図で分かりやすい動画で学べる
全編無料